2013年にロシアと隣接するウクライナが、世界一ひまわりの生産量が多い国になりました。

ひまわりの主な産地

太陽に向かって凛と美しく咲く誇るひまわりが日本へやってきたのは17世紀頃です。
ひまわりは北アメリカ中西部原産のキク科の一年草であり、古代インカ帝国では、太陽の花として崇められており、石造りの神殿には生命力に溢れたひまわりの花が飾られていたと言われています。
また、若干5歳にしてフランスの王となったルイ14世は「太陽王」と呼ばれ、紋章にはひまわりがデザインされていたそうです。

 

世界中の人々から愛されてきたひまわりは学名も「Helianthus annuus(太陽の花)」と言い、英語名も「Sunflower(太陽の花)」と言います。

 

そんな太陽のように燦々と輝く美しい花「ひまわり」の主な産地をご紹介したいと思います。

 

 

日本国内で栽培されているひまわりの主な産地

日本へひまわりが伝わったのは1666年頃です。
中国経由でやってきたひまわりは、当時「丈菊(じょうぎく)」と呼ばれ、街の人々から親しまれていました。
現在のようにひまわりと呼ばれるようになったのは、1688年から1704年頃だと言われています。
ひまわりと呼ばれるようになった所以は、日を追って廻る花であることからこのように呼ばれるようになったそうです。
当時は「向日葵」ではなく「日廻り」と呼ばれていたことも記録に残っています。

 

現在日本国内では、各自治体でひまわり栽培による地域活性化を行っており、食用油及び化粧品などの製品を続々と展開しています。
では、日本国内でひまわりを生産している主な地域をご紹介します。

  • 北海道:名寄市・北竜町
  • 宮城県:大崎町
  • 栃木県:野木町
  • 長野県:富士見町・信濃町・筑北村・諏訪市・阿南町
  • 石川県:津幡町
  • 兵庫県:佐用町
  • 島根県:出雲市
  • 香川県:まんのう町
  • 岡山県:笠岡市

 

 

世界一のひまわり生産国

ひまわりの原産国は北アメリカ中西部ですが、どのようにしてひまわりが世界中に広まったのかご存知ですか。
イタリアの航海者であるコロンブスによってアメリカ大陸が発見され、1564年から1571年頃の間にスペインの医師ニコラス・モナルデス氏がスペインの王立植物園にひまわりを持ち込んだことからひまわりが世界中へ広まったと言われています。

 

今まで、ひまわりはロシアの国花として生産量世界1位を記録していたのですが、2013年にロシアと隣接するウクライナにひまわりの生産量世界1位の座を譲ってしまいました。

 

ひまわりは元々温かい地方の植物ですが、なぜ極寒の地として知られるロシアとウクライナで大量に生産されているのでしょうか。

 

ロシアやウクライナでひまわりの生産が始まったのは16世紀頃だと言われています。
当時ロシアやウクライナの正教会では、四旬節の40日間及び復活節の期間は食品項目制限による断食が行われていました。そのため、期間中は油脂食品などの摂取が禁止されていました。

 

しかし、ロシアに伝わったばかりのひまわりはロシア正教会に知られていなかったため、摂取してはいけない食品リストに記載されていませんでした。
そこで、ロシアの人々はひまわりを育て、種子を食べたり、油を作ったりして食事を摂っていたそうです。
そのため、ヨーロッパ地方では観賞用としてひまわりが活用されていたのですが、ロシアやウクライナでは食用のために栽培され、現在ではひまわりの世界シェア第1位となっています。

 

ひまわりの主な生産地を今回ご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。
ひまわりを生産している地域の歴史背景を知ることで、なぜこの地域でひまわりの栽培が大量に行われているのかなどを垣間見ることが出来ます。
ひまわりは心と身体を癒し、この先もずっと私たちの生活にとって無くてはならない存在であり続けてくれることでしょう。